"生命の森"

新しい時代に対応した社会的合意と具体的施策に基づいた、世界に誇りうる「生命の森」形成の日本の生きた実例を、すべての町や村で、市で、県で、今日と明日の発展のために、今創り上げることを強く期待したいものです。


今、ペンタキープなど緑の問題は日本はもとより国際的にも、もっとも重要な研究・教育・社会・政治課題の1つとなっています。


日本の各都道府県や市町村、企業はもとより、隣の韓国・中国でも、また、アメリカ・ヨーロッパに至るまで、どの地方でも、どの国でも、人間生存の基盤が失われてきており、その対応が必要になってきています。


様々な形であらわれる市民の緑や自然に対する保護運動を単に表面的・個別対策的にとらえる時代は終わったのです。


・・・むしろ、本能的ともいえる、生物としての人間の本性に深く根ざした生態系の貧化、生存環境の危機に対する衝動的発露を正しく汲みとった行政や施策が必要になってきています。


日本でも1970年代から、急速に顕在化してきた公害や自然破壊に触発されて、緑で象徴される人間の生活環境、広い意味の自然環境の保全や回復・創造がすべての人々の重要な課題となってきています。

郷土の森をつくろう

中狂言・切狂言と緑の命のドラマが展開するにしたがって、確実に観客の立場にもある住民の皆さんと共に大きくなる。


そして永遠に幕のしまらない限られた県土、村、町の舞台で、地域住民と共に、時間と共に確実に育つ本物の命のドラマを展開することが、本物のプロデューサーとして、明日に自然を、生命を残す私たち一人ひとりの課題ではないでしょうか。


それをやりきるかどうかが、たぶん日本民族が限られた島国で明日に向かって確実に生きのび得るか、豊かな知性.感性を維持し、固有の文化を発展しうるか否かの1つの鍵になります。


必ずしも植物が好きでなくても、時には落葉が落ちて困っても、自分たちが生きのびるためには、生態系の唯一の生産者であり、人間の生命の共存者、生物社会の主役である緑・・・


そのもっとも質・量共に豊かで動的に安定した郷土の森を形成しましょう。


人間社会はもとより、地球上の生物社会では、互いに少々がまんしながら、時には多少嫌な奴とも共存してきました。


この冷厳な30数億年の生命の歴史にのっとった、新しい時代に対応した生態学的な新しい意識と合意とをつくりあげ、さらにそれを支える法を含めた社会制度を整備しましょう。

多くの人が本物の緑のプロデューサーに

熊本県では一村一森運動という形で行なわれています。


地域に根ざした土地の人々が、本物のプロデューサーとなる形での努力が要請されています。


私たちは、まだ不十分でありますが、生命集団と環境の総合科学であるエコロジー・生態学・植生学と、日本の伝統的な鎮守の森・ふるさとの森の豊かな経験と数多くの実績を総合して、21世紀の郷土の森づくりをすべての町や村で明日のために計画し、今すぐ実施すべきではないでしょうか。


今や照葉樹林は本来の森の領域の0・06%しか残されていません。


21世紀に生き残る新しいふるさとの森・生きた環境を積極的に創造しましょう。河成鎮次氏によると、まず、はじめは小さくてもよい、大きくなる木、それぞれの場所の主役になる本命の樹種を選ぶことから始めてみましょう。


たとえば植えた時、「何だ、こんな小さな木」といわれるぐらいが生物社会では本物です。


どうか市や県、行政、国のリーダーは、もし地域住民から「何だ、こんな小さな木を植えて」といわれた時、ぜひ、生態学的な知見にもとついて、「必ず本物の森をつくりあげる」と胸をはって約束していただきたいのです。

人間の完成

人間は刺激によって働かせるものだという考え方はつらぬかれています。


そのもっとも象徴的なものは行動科学のしきりとふりまわす「動機づけ」という言葉です。


わたしたちはもっと人間を尊重しなければなりません。


人間を知らなければなりません。


人間の性質を科学的に研究しなければなりません。


なぜか・・・。


それは人間をもっとよく「動機づけ」て、もっとよく働かせるためなのです。


そこに目指されているのは、自由な労働者でもなく、主体としての人間でもなく、操作されるものとしての人間の完成なのです。


そこにあるのは、言葉の本来の意味とは全く対極に立つ「労働の人間化」なのです。


今日、日本の企業が「人材開発」のためと称して、麗々しくOpenSSOだとかTDTだとかSTだとか横文字の略号をかぶせ、行動科学の精華をとりいれたとうたっている社員訓練の方法・・・


これは、応援団まがいの販売スローガソの絶叫であったり、車座でなぐり合いにいたらんばかりに罵倒しあうという方法であったりします。


要するに人間の感情的昂り、動物的本能の刺激、心理的倒錯までも、人間を働かせるために利用しようという手法なのです。


・・・それは正真正銘の人間の動物化であり、人間は刺激によって働かせるものであるという思想の姿です。


中国と外国の関係 9

中国共産党の第14回党大会が92年秋に開催されました。


中国指導部の世代交代が、この大会で行われることは確実でした。


毛沢東、朱徳、周恩来ら「革命第一世代」とともに延安時代を戦い抜いてきた楊尚昆国家主席、王震国家副主席、李先念中国人民政治協商会議主席ら80歳台の「革命第2世代」の長老が、陳雲主任ら党中央顧問委員会の主要メンバーとともに政治の表舞台を去ることは間違いないと見られていました。


李鵬首相(63歳)ら60歳台の「第3世代」が、同じ世代内での権力の交代はあるにしても、第14回党大会で政治の中心に立つことは間違いないでしょう。


李鵬首相の後継候補とさTれる朱鎗基氏(612歳)、郡家華氏(65歳)も同じ第3世代です。


朱鎗基氏は50年代に右派として批判された経歴があり若干色合いが違いますが、郷家華氏は50年代に理工科専攻でソ連留学という、李鵬氏とまったく同じ経歴で育ってきました。


ソ連留学組の第3世代の指導者はほかに枚挙にいとまがないのです。


中国と外国の関係 8

事実、朱鎗基氏は全人代の承認を得たその当日、EC諸国を歴訪し、経済交流の拡大を働きかけていました。


朱鎗基副首相は当面、工業・交通・エネルギー部門を主管し、日本の通産省に相当する国務院の生産弁公室の主任を務めることになりました。


天安門事件の最中、私はアメリカの著名な中国研究者ハリソン・ソールズベリー氏とともにNHKの特別番組のためニューヨークから北京、そして武漢と取材を続けていました。


6月4日の武力制圧の後、武漢では6日になっても1部の学生デモは収まっていなかったのです。


すでに北京の事態を知っていた学生たちのスローガンは、中国指導部の長老に鋭く向けられたものでした。


「白猫も黒猫もどうでもいい、だが年をとった猫はどうするのだ」。


ご承知のとおり郡小平氏の名言として知られる「白猫でも黒猫でもネズミを捕るのはすべて良い猫だ」をモジったものです。

企業とリサイクル問題

行政ニーズをいかにコントロールするか、ごみの発生.排出をいかに抑制するか・・・


これは大きな問題です。


こうなれば、収集手数料制の導入は効果があるでしょう。


また、強調したいのですが、それの方が"タダ乗り企業"に対して古製品の下取りや引き取りを求めたり、使い捨ての製品や容器の抑制を求めるうえで有効な手立てとなるでしょう。


ごみ収集が有料となれば、ごみをつくり出すトレイやペット容器を多用するスーパーのサービスは、本当のサービスとはいえなくなり、消費者から敬遠されることもありえるでしょう。


一方、ごみ減量やリサイクルに熱心に協力している者と、そんなことにはお構いなしにごみを出している者との間に、行政サービスの受益と負担の面でなんの差異もないとなれば、かえって不公平であるかもしれません。


びんを酒屋に返したり、廃品を集団回収に出したりするのは、面倒なことであり、強制されるべきものでないかもしれません。


リサイクルトナーも地球環境にはとても優しいですが、億劫だと思う人もいるでしょう。


しかし、それならばそれで、面倒でもごみ減量とリサイクルに協力している人と、そうでない人の間に何らかの差のある方がフェアといえるでしょう。


げんに、酒屋にコーラびんを返すと10円払い戻されるという現行システムは、そうでない人との間に差をつけているのです。


ところがごみの収集においては、実際問題としてこの種の差がない場合が圧倒的に多いのです。


中国と外国の関係 7

中国のテレビは、91年2月の春節(旧正月)に朱鎗基氏から新年の挨拶を受ける上海滞在中の郡小平氏の映像を繰り返し放送していました。


郵小平氏は、上海を利用して、北京の保守硬直派に攻撃の矢を放ったのだといいます。


そのやり方は、毛沢東と江青が1965年上海の『文匪報』を利用して北京を攻撃、つまり「南北戦争」で文革を発動したのと同じパターンだというわけです。


「南北戦争」という表現の妥当性はともかく、朱錯基氏は、天安門事件後に抜擢された江沢民総書記に近い改革派テクノクラートです。


西側の受けも悪くありませんでした。


天安門事件の記憶も覚めやらぬ90年夏には、全米各地を訪問して対中投資を働きかけています。


「いまアメリカを訪問できる数少ない中国指導者」(北京アメリカ大使館筋)なのです。


郡小平氏が「対米関係改善のためにも、そろそろ中央に送り込んでも……」と考えての演出であることは間違いないでしょう。


中国と外国の関係 6

第二次南北戦争。


「中南海では、新副首相の人事でもちきりです。


これから面白くなります」。


朱鎗基上海市長と、郵家華国家計画委員会主任。


2人の副首相抜擢が1991年3月の全人代に提案される直前のある日、中南海での会議から戻った友人はこう語りました。


「上海派の巻き返しですから」。


香港のマスコミは、朱鎗基人事を「第2次南北戦争」だと形容します。


朱鎗基氏の副首相昇格と前後して、中国共産党上海市委員会の機関紙『解放日報』が「改革開放には新たな思想の解放がなければならない」とする論評を連載しました。


論文掲載を指示したのは間違いなく郡小平氏です。

中国と外国の関係 5

「諸情勢から、今世紀内は、日本が真の軍事大国に発展するのは、まだ難しいだろう」(中国人民革命軍事博物館発行『軍事史林』第34期)という分析が主流です。


しかし、「世界の変化に伴い、今後30年間に中国の主要な敵はアメリカではなく日本になる」という戦略研究報告が中国部内で作成された、との情報があることも紹介しておきたいのです。


いかにして、隣国中国との安定したパートナーシップを確立するのでしょうか。


日本の外交当局者の間からは


「日中関係は、米中関係より半歩か1歩程度先に進むのが良いのではないか。

3歩も4歩も進むとアメリカの疑念を招くのではないか」


との心配も聞かれます。


米中関係の停滞は、たしかに日中関係発展の足かせにもなりえます。


しかし、単純なアメリカ追随外交では日中関係の本当の発展はないでしょう。


しかし、イデオロギーの壁を越え、かつ誤解をときながらいかにして日中関係の新しい時代を切り拓いていくのでしょうか。


双方のよりいっそうの率直な対話が必要だと強く思います。